Midnight, the stars and you

 豆粒のように小さいハムスターを飼う。

 豆粒だから、いつのまにかどこかに行ってしまって、しばらく絨毯のうえを探した。そこかしこからキリキリとした鳴き声は聞こえてくるが、姿は見えない。見えているかもしれないが分からない。

 私の部屋には元より二羽のインコがいて、名前をブーバとキキという。どんな名前だったか今では思い出せなくてこの様に呼んでいる。二羽が探すのを手伝ってくれたが、見つけた途端にどちらかがハムスターを食べてしまわないか気が気でなかった。

 ハムスターは絨毯の、エスリミと呼ばれる葦の渦巻く迷路のような紋様の中腹で迷子になっていた。ブーバとキキが啄んでしまってはいけない。急いで指先でつまんで持ち上げようとしたら、パチリと音を立ててハムスターは潰れてしまった。

 血の滴になったハムスターは「コラー!」と叫んだけど、表面張力が心地良いらしくそのまま寝てしまった。滴をエスリミの真ん中にそっとおくと、少しの間かたちを留めたのちジュッと滲んで染みていった。私は安心して、ブーバとキキを撫でた。

猫はしゃべらない

 豊かな時代は終わったと、イェーニヒは言う。ウィーラーの通りも、往来が減って雑草がぱらぱらと顔を出し始めている。風が砂を舞い上げて、典型的な寂しさを演出する。

 とても野良には見えない、アイボリーの毛並みが美しい猫がやって来てその草を喰む。私はイェーニヒに「猫も草を食べるの?」と聞いた。俺も食べる、とイェーニヒが答える。

 馬車が通り、猫が驚いて逃げる。荷台には美しい緑の食器棚が積まれている。最後に訪れたのは数年前だが、あれはサハリンの家にあったものだと思う。猫がこちらを恨めしそうに見ている。馬車を呼んだのは私では無いのだから、睨まれても困る。あの美しい棚がこの町から無くなるのは、私だって惜しく思う。

 どこからか中老の男の声がする。パーカッションが鳴る。あまりにも正確なリズムは人間の手によるものではない。シンセサイザーが鳴る直前、ドラムマシーンだと気づく。のちの時代の音楽だ、と直感する。その後に、今を昔だと思っていることに気づく。アイボリーの猫はこちらを見ている。口が動いている。その声は聞こえないが、なにか発話をしているとしか思えない。そんな動きだ。

 どこからか聞こえている男の声が、詩のように韻を踏み始める。ドラムとシンセサイザー、ベースもやむ。男の声が言う。

『But everybody called me “Giorgio”…』

風船

 誰かを待っていたら向こうから犬がやってきて、目が合うなりこちらに走ってきた。飼い主も追いかけるようにして現れた。もちろん見知らぬ、背の高い男だったが挨拶どころでもなく私は犬の方に夢中だった。ボーダーコリーのような毛足の長くて茶色い犬。

 犬を撫でていたら、背中にも目が付いていた。首の根本から両の肩甲骨にかけて正三角形を描く3点に目がある。撫でるために回した手が目を突いてしまいそうになって、思わず仰け反った。背中の目がパチリとこちらを見た。

 「背中にも目があるんですね。なんという犬種ですか?」と飼い主に問うた。飼い主は「それは疱瘡です」と答えた。さっきまでしっかりと目が合っていたはずだが、もう一度犬の背中を見たら目の位置にあるのはぷっくりした膨らみだった。

「そうでしたか」と言いながらポケットから犬用の白いガムを取り出して、そのボーダーコリーもどきにやった。私は犬を飼っていないから、どうしてそんなものを持ち歩いていたのかは知らない。

 疱瘡の犬は味が気に入らなかったらしく、毛を針のように逆立てて怒ってしまった。飼い主もなにかをわめいている。私は逆立った毛が疱瘡に刺さってバンとはじけ飛んでしまうのではないかと不安だったが、黙って眺めているほかなかった。