風船

 誰かを待っていたら向こうから犬がやってきて、目が合うなりこちらに走ってきた。飼い主も追いかけるようにして現れた。もちろん見知らぬ、背の高い男だったが挨拶どころでもなく私は犬の方に夢中だった。ボーダーコリーのような毛足の長くて茶色い犬。

 犬を撫でていたら、背中にも目が付いていた。首の根本から両の肩甲骨にかけて正三角形を描く3点に目がある。撫でるために回した手が目を突いてしまいそうになって、思わず仰け反った。背中の目がパチリとこちらを見た。

 「背中にも目があるんですね。なんという犬種ですか?」と飼い主に問うた。飼い主は「それは疱瘡です」と答えた。さっきまでしっかりと目が合っていたはずだが、もう一度犬の背中を見たら目の位置にあるのはぷっくりした膨らみだった。

「そうでしたか」と言いながらポケットから犬用の白いガムを取り出して、そのボーダーコリーもどきにやった。私は犬を飼っていないから、どうしてそんなものを持ち歩いていたのかは知らない。

 疱瘡の犬は味が気に入らなかったらしく、毛を針のように逆立てて怒ってしまった。飼い主もなにかをわめいている。私は逆立った毛が疱瘡に刺さってバンとはじけ飛んでしまうのではないかと不安だったが、黙って眺めているほかなかった。