猫はしゃべらない

 豊かな時代は終わったと、イェーニヒは言う。ウィーラーの通りも、往来が減って雑草がぱらぱらと顔を出し始めている。風が砂を舞い上げて、典型的な寂しさを演出する。

 とても野良には見えない、アイボリーの毛並みが美しい猫がやって来てその草を喰む。私はイェーニヒに「猫も草を食べるの?」と聞いた。俺も食べる、とイェーニヒが答える。

 馬車が通り、猫が驚いて逃げる。荷台には美しい緑の食器棚が積まれている。最後に訪れたのは数年前だが、あれはサハリンの家にあったものだと思う。猫がこちらを恨めしそうに見ている。馬車を呼んだのは私では無いのだから、睨まれても困る。あの美しい棚がこの町から無くなるのは、私だって惜しく思う。

 どこからか中老の男の声がする。パーカッションが鳴る。あまりにも正確なリズムは人間の手によるものではない。シンセサイザーが鳴る直前、ドラムマシーンだと気づく。のちの時代の音楽だ、と直感する。その後に、今を昔だと思っていることに気づく。アイボリーの猫はこちらを見ている。口が動いている。その声は聞こえないが、なにか発話をしているとしか思えない。そんな動きだ。

 どこからか聞こえている男の声が、詩のように韻を踏み始める。ドラムとシンセサイザー、ベースもやむ。男の声が言う。

『But everybody called me “Giorgio”…』